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以前、「お一人様」の記事で書いた、駄菓子屋バー・チャーリーズで知り合った演劇コーディネイターのPerkyPatさんから、
愛知トリエンナーレの企画の一環として、大須の小劇場「七ツ寺共同スタジオ」で「りすん」という公演がある、とご案内を頂きました。
公演日程を見ると、本日土曜日は昼・夜2回の公演があり、
「人生、食わず嫌いは『納豆』だけ、何事も経験」と決めている素直?な私は、即1人分の前売りチケットをお願いし、本日行ってきました。

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頂いたコメレスもまだだし、まだ過去記事をアップしてないのですが、
感想を忘れてしまうので、先に書くことをお許しください。<(_ _)>

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小劇場での演劇鑑賞は、今日で3度め。
初回は、大学時代の友人の劇団公演を見に行って、あまりにも前衛的で、全く理解できず、「演劇は苦手かも~」とトラウマになっていました。
2回目は、今年お正月の福三さんの「飛び出す落語」。こちらは落語ベースだし
わかりやすくコミカルなので、普通に楽しめました。
さて、今日は、、、、どうだろう??難しいかな~~、眠くならないかな~、とドキドキ。
観客は、年齢層バラバラ、どなたも「通」に見えます。。。ただ3人、どう見ても、普通のおばちゃんがいて、ちょっと安心。(爆 

100人?入るかどうかの真っ黒な場内。真ん中に白く透けたカーテンに囲まれた四角い空間があり、どうもこれが舞台らしい。
つまり正面に舞台があるのでなく、3方向から観客が見るようになっていました。
いつもこの劇場はそうなのか、この演出がそうなのか、そんなこともわからず。でも、面白そう。
遅く行ったので、横側の前から2列目に座りました。

実を言うと、「りすん」が何なのか知らず、劇団の名前と思っていましたが、劇のタイトルでした。^^;
家に帰ってチラシを見ると、名古屋の芥川賞受賞作家の受賞後の第一作目の完全演劇化らしいです。
脚本家の名前が無かったし、原作がセリフのみ、と解説があったので、セリフは原作のままなのかな?


*****

場面はず~~~~っと病室。
本当は又従兄弟だけど、兄妹と呼び合っている仲の良い兄妹、アサコとタカシ
妹が骨髄癌で入院し、骨髄ドナーを待っているが、妹の母も同じ病気で、移植手術中に亡くなったため、
妹は手術自体も、死も、恐れている。
けれど、だからこそ、ものすごく明るい兄と妹の会話。
ものすごい量のセリフが、かなりのスピードで語られます。
二人は、二人だけの「言葉ごっこ」「言葉遊び」みたいな「感性あふれる」会話を交わし続ける
例えば、ビートルズ?の歌を中国語?日本語?みたいな漢字に置き換えて歌う、とか、
「今この瞬間、世界のこの国でこんな人がこんな事をしている想像遊び」とか…etc.
(前半に楊貴妃の「長恨歌」(連理の枝、比翼の鳥は自分達のことか?)、後半にヘミングウェイや洋楽の話題、なので、詳しいと倍楽しめるかも。私、教養なくてすみません、って感じでした。)


そのうちに、隣の入院患者とその見舞い客が、自分達の会話を盗聴し、
ノートに記録していることに気づく。何とかしようとする二人。
けれど、そこで段々混乱が起きてくる。
そのノートを元に、誰か他の人物が、自分達の役を演じる演劇が、今この瞬間演じられているんだろうか?という発想から、
元々、自分達は、「書かれた通りの人生を、そのノートの登場人物として演じているのではないだろうか?」という発想に。。。

ノートの最後には、「妹は、兄の名前を呼びながら、亡くなる」とあった。
物語の通りになるものか、とノートを書き変えたり、抵抗する二人。
けれど、やがて妹に死が訪れる。が、最期のの言葉は、二人の会話に出てきた「パパ!」(これ聞き違いかも。よく聞き取れませんでした。パパが正解としたら、本当のパパかヘミングウェイのことか?)であって、兄の名前では無かった。。。


*****

これ、深い。
英語に疎い私ですが、「りすん」は「listened」かな。「聴かれている」?
それとも、普通に「listen!」「聴け!」か「聴く」か?

話してる兄妹、盗聴して原稿を起こす隣の人物、どっちが”原作”なのか、謎カケのようにわけわからないワールドになっているだけなのか、
それとも、本当に、主人公2人(人間は皆?)は、「誰かに決められた運命を演じて生きるしかない」という意味なのか。


時々、カセットテープを「カシャッ」と、止めたり再生したり録音したりする音がすると
時間軸が狂って、過去に戻ったり、違う時間に飛んだり、違う未来に行ったり、何度も何度も同じセリフをリピートしたりする二人。(この演出がうまいけど、実はかなり最初にオチがわかってしまうので、最後までセリフが必要だろうか、と思ってしまいます。ここが原作小説と演劇の違いなのかな。)


永井豪の短編集に、戦士が戦い続けるストーリーがあり、オチは、みんな「誰か」のチェスの駒だった、というのがあるけど、そんな感じでしょうか。


もし、主人公二人が、誰かの単なる小説のキャラクター、操り人形だったとしたら?という悲哀を感じてしまう。


最後の方に、劇中に二人が交わした会話がシャワーのように、録音でがーーーーっと流れるシーンがあるのですが、
その中で、兄タカシの、「運命は自分で書き変えるんだ!」というのが一番耳に残りました。
二人が無菌室を「宇宙」と呼ぶように、隣の人物は、神とか宇宙的な存在で、人間はそういう運命から逃れられないのか、けれど、妹の最期の一言が”台本ノート”と違うセリフだったのは、「違う運命を生きられた」ということなのか?

学生時代に、モームの「月と6ペンス」を読み、不思議な感覚に陥ったことを思いだしました。
どうして主人公は、「何かに取り憑かれたように」「表現しなければならないものがあるかのように」絵を描き続け、それをすべて終えたら死ぬのだろう?
まるで、それを彼に「表現しなければいけない」と指示した影の存在があるかのように思えて。…へんてこな感想かもしれませんが、私は、あの小説で、そんな「違和感」を覚えたのです。

それと同じような印象を、今日の演劇に感じました。



(あまりに長いので、続きは興味ある方のみどうぞ…)^^;
******

最初から最後まで、舞台は病室のみ。しかも最初は透ける白いカーテン越しに影と会話だけの進行。
次にカーテンが開き、二人の会話。時々訪れる祖母、1回だけ登場する叔母。
最後に、ベッドが取り払われ、ただのスペースになるのですが、それを2時間飽きさせないのはすごいです。

最初は、カーテンをスクリーン代わりに、歌の歌詞等が文字で映し出されたり、
途中で、舞台にヘミングウェイの「老人と海」の映像が映されたり。終焉も舞台全体に「文字」の照明が躍ったり。
また語りだけの人物が両サイドに12人ほど。彼らが言葉を重ねる効果もよかったです。
言葉、文字、がキーワードだったのかな。。


主人公二人のセリフの内容が光りました。だから飽きない。
私は言葉の感性には疎いのですが、兄妹の会話から、小説・詩のようにすごい文学性を感じました。
(原作そのまま、芥川賞作家なら当然だったわけですな^^;)
二人の会話の向こう側に、想像(思い出)の景色が広がって、観客も一緒にそこに連れ込まれる感覚。


なので、若干残念なのは、なぜ、時々主人公達が名古屋弁になるのだろう、ということ
共通語の方が、絶対よかったと思います。


そういう会話から、妹は少女特有の、いや、特異な感性を持つ人物として描かれ、
その同じ感性を共有しているのは、この世にたった一人、兄だけだとわかります。


そして、だからこそ、かすかな血のつながりと同時に、兄妹という感情だけでなく、男女の愛情も感じあい、
強い絆で結ばれている二人の心、というより「魂」が観客に伝わってきます。
そして実は、いとこ同士だった二人の父と母も、口や態度に出さなかったけど、愛し合っていた、という事実を
叔母が語ります。

このとき、叔母が、「あんた達二人も好きあってる」というのですが、私的には、これ語りすぎ。
あくまでも、淡く、決して言葉にしない方が、二人の結びつきの美しさが際立ったのにな、と思いました。
叔母さんの登場、必要だったかな~?
妹が重態になったときも、兄が、「一緒に暮らそう」と言う、それも語りすぎ。そんな感想です。


実は、普通の男女の愛情を超えた「かすかな血」の結びつき、同じ過去を持つ生い立ちこそが、
同じ感性の共有を可能にし、二人の結びつきを固くしていたように思えてならないです。
そして、でも、これが「兄」「妹」の立場を超えない微妙なラインにいるから美しいと思うんですよね。



妹が終盤、重態に陥ります。
二人は現実を離れ、ベッドから起き上がった妹は、兄とステップを踏み、
一緒に二人でダンスをする、そのシーンが最高のクライマックス。
二人の両親が、ただ一度一緒に踊っているのを伯母がみた、というのになぞらえているんだと思う。
そこで、熱いものがこみ上げ、不覚にも、ちょっと涙の私。^^;


その後、「な~ぜ~か~?」語りだった両サイドの人物が全員立ち上がり、無言の群舞、最期に妹の一言で、妹が亡くなったと分かるラストシーン。
ここで、なぜ群舞の必要性があるのか、演劇慣れしてない私には不明。でも、盛り上がったのは確か。

一瞬、こういう作品って、どこがラストかわからず拍手にとまどうのに、
すぐに拍手が起こったのに秘かに驚きました。やっぱり「通」ばっかりか!^^;


当然のように「アンコール」などという代物はなく、
舞台を出ると、出演者が並んで、「ありがとうございました」と挨拶。おお、感動。
なぜって、兄のタカシ役の人が、高校時代好きだった人に似ていて、ちょっとめがねを忘れて悔やんでいたので、
間近に挨拶され、ドキドキしました。^^ 


長々とまとまりなくすみませんでした。
頭もまとまらず、書いても書いても、書き足りない気がするし、でもまとまらない。
それでも「感想を書きたい」と思う作品だったという事は確かです。


最後に、超基本的な感動。
あんなにずっと二人でしゃべり続けて、よくセリフ覚えられるもんだ
♪⌒ヽ(*゜O゜)ノ スゴイッ!!!


というわけで、一人小劇場体験、面白かったです!

原作を読んでみようかな。
声をかけていただき、感謝でした。<(_ _)>


りすんりすん
(2008/04/26)
諏訪 哲史

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