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2011.04.13 恩師の訃報
4/8、午前中に友達から連絡があり、6日に高校3年のときの恩師が亡くなったとのこと。
去年の秋、このブログで、「親友の法要」の記事に紹介した恩師です。

先生は、息子さんがお一人おられますが、少し離れたところに別に住んでおられ、
86歳で、お一人での生活でした。

毎年、年末~年始に、母の顔を見に、お香の入った小さな干支の人形を持ってきてくださり、
1時間くらい話していかれるのですが、たいてい晩御飯をお勧めしても頑なに断って帰られるのに、
今年のお正月明けに限っては、珍しく、晩御飯をうちで食べていかれ、(鍋でしたが^^;)
その後も9時近くまでおしゃべりし、楽しかったと、喜んで帰っていかれたのが最後になりました。

…ということは、少なくとも長く寝付いてはおられなかったと思います。

先生は、同級生の叔母さまに長唄を習ってみえて、
毎週お稽古に行かれ、お休みのときも必ず連絡があったのに、
この週に限って連絡がなかったので、叔母さまが見に行って下さったところ、
鍵があいており、お布団の中で冷たくなっておられた、とのことでした。
その前の週は、連絡があったそうで、
発見はきっと亡くなられてそんなにたってなかっただろうし、
寝付いておられたとしても数日のこと、または急死だったと思われます。

胸に手をおいておられた、とのこと、
まさに、誰からも「変人」といわれた先生ですが、玄関の鍵と考えあわせ、
数日お加減が悪く、何か予感があったのかもしれません。

母と、最後に食卓を囲めた事、本当によかったし、
去年の親友の法要の折に、友人3人とSAごとに交代に先生の隣に座って、話をゆっくりできたこと、
今となっては本当によかったと思います。

86歳で、ぎりぎりまでお元気で、大往生、、なのでしょうけれど、
やはり、お亡くなりになる直前、どんなにお心細かっただろうと想像すると胸が詰まります。

***

お通夜は4/9、お葬式は10日午前中、ちょうど、10日の午後に着物行事があったので
前の日1日母を急遽泊まりに出し、お通夜とお葬式、両方出ることができました。
先生は、まるですぐに話しかけそうに、安らかな、生きているときのままのお顔で、
ああ、そんなに苦しまれてないに違いない、と思うと、少し安心できました。

遠くは、大津、川崎、大阪から同級生が来て、お通夜には時間があったので
友人達と近所のガスト(ファミレス)で2~3時間おしゃべり。
ちょうど五条川という桜の名所の脇の葬儀場で、しかも桜真っ盛りのお葬式。
そうして、昔の思い出に花を咲かせました。
先生は、うちばかりに電話してきたと思ったら、あっちにもこっちにも電話したり
突然友人の事務所を訪れたり、(お香の人形を持って(笑)
な~~んだ、という話になりました。
それだけお淋しかったのかもしれません。

最後に同窓会があったのが11年前。それ以来の懐かしい面々。
その場に、きっと先生もいらして、一緒に笑っていらっしゃったと思います。

先生の戒名、「○○院勧学一徹居士」とあり、
本当に奇人変人だったけど、生涯、勉強がお好きで、長唄だけでなくフランス語も勉強されたり
また、学生や子供がすきで、生涯、教育者であられた先生にふさわしい戒名だね、と話しました。

悲しいことだけど、いつかは来る日だし、
いかにも先生らしいご最期であったと思うし。
先生の思い出話、語りだしたらきりがないです。

まだ実感がなく、ひょい、と「おい、ジルちん、元気か」と電話がかかってきそうな気がしてなりません。

桜の時期に父が亡くなり、先生も亡くなり、
また一人、桜を見て思い出す人が増えました。

どうぞ、安らかに。
私たちを見守ってくださいね。

   IMG_0082_convert_20110413001403.jpg

 (写真は五条川ではありません。TOP画像と同じ、上飯田の御用水です)
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