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2011.08.16 伯父のこと
0時をまわってしまいましたが、今年も終戦記念日を迎えましたね。

例年この頃に、戦争を扱った番組が増え、できるだけ見るように、
また、ブログにも、せめて終戦記念日には戦争を考える記事を、と思っていても、
去年は何も見なかったし、記事をアップすることもできませんでした。

年々そういう番組も減りつつある気がします。

今年も、NHKのドキュメンタリーを今日放送していましたが、
母がスマスマを楽しみにしているので、(DVDが故障中につき)見ることができませんでした。

***

私の父方の一番上の伯父は、戦争に行って、戦死したそうです。

父は三男。上に2人も姉がいて、下に一人弟がいるだけです。
戦死した伯父とは、だいぶ歳も離れていたようで、
しかも、伯父は勉強が好きで頭がとてもよかったそうで、近寄りがたく、
どうやらあまり記憶がなかったようなのです。
なので、伯父がどんな人だったか、詳しく話してくれる人は誰もいませんでした。


去年だったか、一昨年だったかに、土地&建物の登記を変えるために、
祖父の代からの登記簿謄本を取り寄せました。

小さな頃、会ったことがある祖父の姉妹たち、いろんな人の顔を思い出しました。


と同時に、その戦死した伯父の記載が目にとまりました。
古い記載です。
大正10年4月17日生まれ。(私の誕生日と2日違いです)
伯父は、父より11歳年上で、昭和19年にたった23歳でビルマで亡くなったと、一行記載がありました。

どうやら記載によると(とっても読めない字なんです)
ビルマで、病気か怪我の療養所にいて、そこで亡くなったようですが、
伯父の骨は家に帰ってこなかったと聞いています。


ぼんやりと、誰も覚えていない伯父、誰もが「勉強ができて優秀だった」としか語らない伯父、
本当に存在したかどうかもわからない伯父、
私にとってそんな伯父が、やっぱりこの世に確かに存在していて、
誰にも知られず、遠くビルマの地で、たった23歳で、命を落としていたのだ、と
その謄本を見たとき、確かな伯父の生きた証を感じ、涙が止まりませんでした。

それでも、伯父は生きて、戦った、国のため、母のため、家族のため。
若き伯父はなくなるとき、遠くビルマで何を思ったでしょうか。


家に残る伯父の生きた証は、その謄本のたった4~5行だけ。

家の仏壇に手を合わせながら、そこに骨が無くとも、
確かに、私の伯父は、この世界に存在し、生きて、散っていったのだ、ということを、
これからも、姪として、しっかりと覚えていたいと思います。

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